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日本の外交力で紛争地から武器をなくせ!
世界各国で勃発している紛争──。待ち望んだ終戦を迎えても、その後の国家は当然ながら疲弊している。本当の平和を確保するには、復興および経済開発、そして治安の回復が不可欠だ。そのための治安分野改革の一つに、「DDR」がある。これまで日本は、困難といわれたアフガニスタンでのDDRを完了させた。その事例から、日本の潜在的外交能力の可能性を探る。
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■タリバン政権崩壊後

2001年9月11日、米国で発生した同時多発テロ。米国はテロの指導者ビン・ラディンをタリバン政権が保護しているとして、英国と共にアフガニスタンに対して武力攻撃を行った。11月下旬にはタリバンの拠点は南部カンダハールのみとなり、12月に最後の拠点・カンダハールを制圧。タリバン政権は崩壊した。

 

しかし、「紛争」はここで終わりではない。アフガニスタンには、復興や経済開発、そして治安の回復という課題が残されるのだ。国連の仲介により、アフガニスタンの和平構築に向けた会議が開催され、国際社会がアフガニスタンに対して政治的支援、開発援助、治安維持を行うことが決定された。

 

具体的には、新国軍創設を米国が、警察改革はドイツ、司法改革はイタリア、麻薬対策は英国が担当。そんな中、日本は「DDR」の主導国となることを表明する。

 

DDRとは、武装解除(Disarmament)、動員解除(Demobilization)、社会復帰(Reintegration)のことである。武力紛争を終わらせるには、戦闘員・武装組織から武器を取り上げ(武装解除)、戦闘員たちが再び動員される可能性をなくすため、その指揮命令系統を解体し(動員解除)、経済的理由が再動員の理由にならないよう手に職をつける(社会復帰)ことが不可欠なのだ。

 

国が違えば、紛争の原因や状況が異なるため、問題解決の方法は一概には言えない。しかし、中立的な立場の組織が、「兵士」一人ひとりと向き合うことから始まることは、すべてにおいて共通している。以下にDDRのプロセスを簡単に説明しよう。

●武装解除

武装組織のトップの間では、紛争終了にともなって、武装解除をすることへの政治合意がある。しかし、その合意は末端現場の部隊には伝わっていない。そのため、まず現場での説得作業から始まる。武装勢力のいる現場に出掛けて武装解除の合意があることを伝え、解除後の安全と保護を保障することを説くのだ。そして兵士から直接武器を回収していく。

●動員解除

紛争末期で指揮命令系統がくずれていることが多いが、現場の部隊内では人間関係のしがらみは根強い。そのしがらみが残っていると、いくら武器を取り上げても再び組織として結束しかねない。政治状況が不安定であれば、なおさら再び武器を手に入れて武装する危険性がある。そのため、武装組織の指揮官を順に解任させ、組織全体の指揮命令系統を解体していくのだ。

●社会復帰

武装解除された兵士をキャンプにいれ、職業訓練を受けさせる。しかし、復興ままならない社会情勢では、職業訓練を受けたからといって仕事にありつける保障はない。例えばアフガニスタンの場合、DDR対象者は約6万人と推定され、そんな大勢を短期間で、しかも国民のほとんどが失業状態の紛争直後の混乱期に自活・自立させる開発事業というのは無理がある。そのため、DDRでは、「兵士」から一般庶民になって生きてゆくための職業訓練──最初の“きっかけづくり”を行うのである。

■「美しき誤解」

言葉で説明すると簡単なように聞こえるが、DDRはいくら責任者が非武装であっても、戦闘が継続している地域に赴くケースもあり、軍隊による護衛は不可欠だ。その過程では殉職者も出ることを明記しておきたい。

 

それに加え、アフガニスタンでは、軍閥が乱立し対立しているという歴史的背景がある。それぞれの軍閥は、自分たちが武装することで自分たちを守ってきたという自負があり、彼らにとって武器は言ってみれば武士の刀のようなものなのだ。その軍閥に武器を差し出させるのは至難の業。力の均等を考えても、すべての軍閥に信頼されないと武装解除は進まないため、国際社会もアフガニスタンのDDRは困難だと見ていた。

 

しかし、そんな状況のなかで、日本は3年間で63,380人の兵士を武装解除し、62,044人を動員解除。さらに55,804人に社会復帰支援プログラムを実施した。日本は予定通り2006年にDDRを完了させたのだ。

 

なぜそんな困難な仕事を日本は完了することができたのか──。現場の関係者によると、その理由は「美しい誤解」のためだという。美しい誤解、つまり、アフガニスタンは日本に対して「世界屈指の経済大国で、戦争はしない唯一の国」というイメージを持っている。だからこそ、日本のスタッフが説得に行く先々で、軍閥は「日本人だから信用しよう」と武器を差し出したというのだ。米国が主導国として進めていた国防省改革も、日本スタッフが交渉し、難色を示してた軍閥を改革に応じさせたという。アフガニスタンの日本に対する信用がいかほどのものかが窺える。アフガニスタンの人々が日本の憲法9条について知っているとは言い難いが、日本に好戦性がないことは敏感に感じ取っているのだろう。

 

しかし悲しいことに、このイメージは“誤解”にすぎない。日本は米国の同盟国としてインド洋の給油活動に参加するなど、軍事的な関与は行っている。アフガニスタンでは、こうした活動がただ知られていないだけなのだ。インド洋の給油活動については、カルザイ大統領でさえ知らなかったという。

■治安分野改革の担い手として

「誤解」ではあっても、そうした日本人のイメージ、国際的立場があることはまぎれもない事実だ。これは日本が国際紛争に関与し、外交的にそれを解決する上で、他国には持ち得ない財産であるといえる。実際、日本によるDDRは早期に完了する一方で、各国が手掛けていた新国軍、新警察の創設はおくれ、司法は機能しておらず、麻薬にいたっては、逆に生産量が増加している状態だ。他国が成し得なかった治安分野改革を、日本はその“特性”があったために、完了することができたと言える。

 

しかし、DDRだけが早期に完了してしまったための弊害もでた。武力解除を行ったといっても、すべての武器を回収できたわけではなく、国軍・警察・司法の国家の根幹の行政機構が整わない「力の空白」の期間にタリバンが復活してしまったのだ。その結果、アフガニスタンは国家再建の政治プロセスが開始されてから数年たった今も、治安の悪化が懸念されている。

 

そうしたアフガニスタンの事例からは、戦後復興で重要なのは、各勢力の利害を調整しながら、行政機構をつくっていかなければならないということがわかる。それには、常に中立的な立場で全体をコーディネートする存在が欠かせない。アフガニスタンで武装解除を担うことができた日本は、まさにそうした能力を持っているといえるだろう。日本は、「美しき誤解」を誤解でなくし、中立の立場を維持しながら、その能力をもってして治安分野改革全体をコーディネート役を担っていくのが、今後の重要な役割なのではないだろうか。

 

治安は、軍事手段によってのみ達成され得るものではない。それを証明するのが、“戦争を放棄した日本”の使命といえるかも知れない。

 

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