
平和維持が問われる
宇宙開発の次なるステージ
宇宙基本法の要点
2008年5月21日の参院本会議で、宇宙の軍事利用も可能にする宇宙基本法が、自民、公明、民主3党などの賛成多数により可決、成立した。宇宙の防衛利用を解禁すると共に、宇宙開発を国家戦略に格上げし、政治主導の体制を整えるという、日本の宇宙政策を大転換する基本法である。これまで、日本政府は国連宇宙条約の「宇宙の平和利用」の解釈を、1969年の国会決議で「非侵略」より厳しい「非軍事」と解釈して軍事につながる宇宙開発はすべて認めないという立場をとってきた。自衛隊が利用できるのは、民生分野で一般化した技術に限られている。しかし、米国の軍事技術GPS(全地球測位システム)が携帯やカーナビに使われているように、宇宙技術は軍民両用のものが多く、明確には線引きできない。「政府見解はすでに破綻している」という声もある。基本法成立によって「非軍事」から「非侵略」に緩和して防衛利用を正面から認めれば、無理な拡大解釈をしなくてよくなる反面、自衛隊が幅広い目的で宇宙を使えるようになる危うさをはらむ。世界的にも「非侵略」の名のもと、偵察や監視、誘導など各種の軍事利用が認められているのが一般的だ。
この法案が議論される背景には、世界の宇宙開発が急速に変化している状況がある。今、世界各国で熾烈な宇宙開発レースが展開されており、トップを走る米国は2004年に新宇宙探査ビジョンを発表し、宇宙開発のターゲットを月、そして火星に向けた。早ければ2015年に月面有人基地の建設を始め、その成果を火星有人探査につなげる壮大な計画を打ち出している。その米国を欧州、ロシア、中国が激しく追い上げているのが現状だ。一方、日本は月周回衛星「かぐや」や小惑星探査機「はやぶさ」など、宇宙先進国として世界をリードする技術を有しているものの、米民間調査会社の宇宙競争力指数によれば、世界7位と精彩を欠く。約2600億円という日本の宇宙開発予算の大部分を占める「宇宙航空研究開発機構」の予算規模をみても、「米航空宇宙局(NASA)」の約10分の1、「欧州宇宙機関(ESA)」の約半分にすぎない。特に高度経済成長とバブルの時代が終わり経済の低成長時代に入ってからは、宇宙予算は削減傾向が続く。01年の省庁再編で、旧総理府の宇宙開発委員会は、文部科学省の審議機関に格下げされている。つまり、強いリーダーシップをもつ機関すら存在しないのだ。そこで、今回の基本法には、日本の宇宙開発に求心力を持たせるための組織改編も盛り込まれている。首相を本部長とした宇宙開発戦略本部を内閣に設置し、これまで省庁別に縦割りとなっていた宇宙政策を集約、総合的に運営できるようにするという。法律施行1年後には内閣府に宇宙局が創設され、担当大臣がつくなど司令塔の機能を強化する予定だ。研究開発に偏っていた宇宙政策が国家戦略に一気に格上げされ、政治主導で進められるようになる。「省庁の枠を超えた戦略的な宇宙利用が、政治主導ならできる」と提案議員らはみるが、宇宙開発には長い時間と高度な技術、巨額の投資が欠かせない。かつ、失敗のリスクも大きい。専門家の中には「政治家が宇宙の常識やカンどころを理解して戦略を練らないとかえって混乱する」と懸念する者もいる。
宇宙基本法は、何よりもまず「宇宙開発に投入された国家予算が、何らかの社会的便益や戦略的価値を生み出さなければならない」という理念の下につくられている。そのため、「開発」ではなく「利用」に焦点を当てており、その中でも大きな役割を担うのが安全保障分野だ。自民党がまとめた「わが国の防衛宇宙ビジョン」は、2015年までに高解像度の偵察衛星のほか、ミサイル防衛(MD)に不可欠な早期警戒衛星を自前で配備する必要性を説く。しかし、これには共産党や社民党が強く反発し、アジア各国でも日本の軍国主義復活との懸念の声が強い。その結果、第一条に「日本国憲法の平和主義の理念にのっとる」との文言が新たに盛り込まれ、専守防衛に徹することが表明された。また、安全保障には防災や環境といった広義の安全保障の観点が盛り込まれており、かつ環境に配慮した宇宙開発や環境保全のための国際的連携に努力する規定も設けられている。
また、宇宙産業の活性化も期待されている。これまでの日本の宇宙開発は「開発」を軸としていたため、コスト意識が低く、リスクの高い新技術へのチャレンジが是とされてきた。しかし、「利用」を前提とすれば、処理能力が高く、低コストな機器が求められるようになる。それらのノウハウが構築されれば、グローバルな市場で勝負できる競争力は急速に得られるようになるだろう。
日本はこれまで、米露に比べてはるかに規模は小さくても、純粋に平和利用だけを追求してきた。その日本の宇宙開発は、間違いなく世界に誇れるものだ。しかし、国際競争が加速した現状では、「これまでの宇宙開発がよかったから、これからもこのままでいい」と安易な現状維持は、日本の宇宙開発を危機にさらすことになりかねない。
とは言え、今回の基本法成立がすべてにおいて順当であったとは言い難い。特に、国会での実質審議時間は衆参ともに2時間程度というスピード可決だった。「宇宙開発における憲法」ともいえる大方針にもかかわらず、意志決定の過程をどのようにすべきかという、きわめて重要な議論が不十分なのではないだろうか。
さらに、宇宙開発計画および決定過程の透明性を確保することも重要だ。防衛目的となると、他国に知られたくない技術もあり、開発計画が明らかにされなくなる可能性がある。防衛目的が聖域となって民生分野とかみ合わぬ開発戦略ができたり、民生分野においても機密事項が増える懸念も残る。情報の保護と公開のバランスをどうとるのかも今後の課題の一つだ。
当然のことであるが、宇宙は、政治や軍事のためだけにあるのではない。宇宙の真理を探究する宇宙科学や、青少年の豊かな情操を育む宇宙教育、経済、文化、芸術に至るまで、宇宙は人間活動全体のための舞台である。宇宙開発利用の「安全保障への活用」が、過度の軍拡競争につながることのないよう、厳重なシステムが必須なのは言うまでもない。今後、宇宙機構や行政組織の見直し、宇宙基本計画づくりなど、基本法の理念を具体化する作業が始まる。我々国民は、日本の宇宙開発利用を、真の意味での国民のものにするために、今後の動きをしっかりと見つめ、自分達の手で育てていかなければならない。未来永劫に、宇宙が希望で溢れる存在であるために。