
検察審査会
【けんさつしんさかい】
11人が死亡、247人が重軽傷を負った兵庫県明石市の花火大会事故(平成13年7月)。そして、乗客106人が死亡する大惨事を招いたJR福知山線脱線事故(同17年5月)。今年4月、かつて日本国内を揺るがせたこの二つの事件の関係者が起訴され、世間から大きな注目を集めた。しかし事故発生直後から連日メディアで取り上げられ、関係者の過失責任を問う厳しい声が上がっていたことを思えば、両事件の関係者が起訴されたのは至極当然のように思える。では、なぜあれだけの注目を集めたのか。それは両事件が一度“不起訴”で決着したにもかかわらず、それが覆されて起訴に至ったという“強制起訴”であったからである。そして、この強制起訴の判断を下した機関こそが検察審査会だ。
検察審査会とは、公訴権の行使に民意を反映させ、その適正を図る──言うなれば、日本で独占的に公訴権を与えられている検察官の仕事に誤りがなかったかどうかを審査する機関である(検察審査会法第1条第1項)。そして検察審査会の最大の特徴は、有識者や法律家ではなく選挙権を持つ国民の中から無作為に選ばれた11人の一般市民によって構成されていること。つまり検察官の仕事に誤りがなかったかどうか、法曹知識を持たない一般市民が、自身の良識に沿って判断していくのである。そして検察審査員に選ばれた人は半年の任期の中で毎月2回程度検察審査会に参加し、審査すべき案件について議論。最終的に多数決を取って「不起訴相当」(不起訴処分は納得できる)、「不起訴不当」(もっと詳しく捜査し、起訴か不起訴かを判断すべき)、「起訴相当」(起訴すべき)のどれが相応しいかを決定し、その中で「不起訴不当」及び「起訴相当」となった場合、検察は事件を再捜査した上で起訴・不起訴の判断を下すこととなる。
ただし、従来は検察審査会の結論に法的拘束力はなく、たとえ不起訴相当・起訴相当の判断を下しても、検察が再度不起訴とすれば被疑者の不起訴が確定していた。だが、平成21年5月の検察審査会法改正によって、検察審査会の機能は大幅に強化。検察審査会が下した起訴相当の議決に対して検察官から不起訴処分をした旨の通知を受けた場合または定められた期間内に当該議決に対する処分の通知がなかった場合、検察審査会は再度審査(第二段階の審査)を行うこととなった。そして第二段階の審査でも11人の検察審査員のうち8人以上が起訴相当の議決を下した場合には、事件の被疑者が“強制起訴”される仕組みへと変わったのである。先述した花火大会事故とJR脱線事故の強制起訴は、検察審査会法改正後、初めて強制起訴されたケースなのだ。
このような側面を見れば、検察側のミスを正す検察審査会に強制起訴の権限が付与されたのは非常に喜ばしいことだと言える。しかし、識者の間では強制起訴を疑問視する声も少なくない。その最たる理由が、「法的に過失立証が不可能」「有罪の確信が持てない」など、検察が十分な審査を行った上で不起訴を下した案件を法廷で審理したとて、過失責任を立証して有罪判決を下すのは非常に困難と言わざるを得ないからである。
だが、有罪立証ができないからといって強制起訴の意味がないかと言えばそんなことはない。非公開で行われた検察の捜査・判断が本当に正しかったのか、公の場である裁判にて真実が明らかになるだけでも、強制起訴は大きな意味を持つと言える。
事故・殺人事件・政治献金問題…恐らく、これから先も様々な犯罪が起こることだろう。しかし、検察審査会による強制起訴が可能となったことで、少なくとも検察の思惑・判断ミスで事件が闇に葬られる可能性は格段に低くなった。一旦は不起訴となった事件の被疑者に対し、市民感覚に基づいた審理ではどのような判断が下されるのか──検察審査会の動向に今後も注目したい。