渡嘉敷 幼少期から、クリエイティブな分野に興味をお持ちだったのですか?
毛利 子どもの頃から絵を描くのが好きで、そういった仕事に就きたいとは考えていました。また、早くに亡くなった父が竹細工職人だったため、ものをつくる環境が身近にあったんです。
渡嘉敷 学業修了後はどういった歩みを続けてこられたのでしょう。
毛利 高校卒業後に北九州市の百貨店で、ディスプレイや店舗設計の仕事に就きました。そちらでは良い経験を積ませていただいたのですが、百貨店のディスプレイは1週間ごとに作り替えられる、消化されるデザインなんです。そこに違和感を覚え、大勢の方にずっと使ってもらえるものを作ろうと、1979年に帰郷し、竹の素材を活かしたクラフトを始めました。そのまま20年ほど竹細工を続けた後、私の原点である絵に立ち返ろうと自己流で墨彩画を始めるように。それが今の「毛利達男『名前の詩』の贈り物」へと繋がっていったんです。
渡嘉敷 「毛利達男『名前の詩』の贈り物」では、人の名前を使って詩を詠み、絵と一緒に手描きされているそうですね。こちらは、どうやって販売されているのですか?
毛利 インターネットの普及という時流もあり、2002年にインターネットでの販売を開始しました。当初は皆様に受け入れられるか不安でしたが、ホームページを立ち上げて数ヶ月で約40件の受注があり、翌年からも順調に売れるようになったのです。現在は、1ヶ月に700件を超える申し込みをいただいています。職人の世界に長く身を置く中で、腕は良くても販売は人任せにしがちな職人が多いのを知りました。幸い私は、百貨店で培った販売面でのノウハウを持っており、クリエイティブな部分でも経験があるのが強みだったと言えます。若い頃から自分で作ったものを自分で売りたいと考えていましたが、以前なら試行錯誤を重ねても、間に人や業者が入らなければ市場につながらないジレンマがありました。けれどインターネットなら、お客様と直接やりとりができますからね。
渡嘉敷 インターネットの普及や進化は、さまざまな分野に影響を及ぼしており、特に流通や通信、出版などの業界では、その在り方自体が大変化を遂げていたりするでしょう。その流れにうまく乗れたのは、代表のお仕事への強い思いがあったからこそという気がします。それに名前を詩に詠み込むというアイデアが、実にいいですよ。
毛利 以前から、心を豊かにできるものを追求したいと考えていました。物質的に豊かだからか、家族など人との絆が強く求められているように感じていたのです。名前は誰にとっても、この世に生まれて最初にもらう贈り物であり、両親の思いが込められています。だから自分の名前が嫌いな人はいないでしょう? 子どもへの思い、親への感謝の気持ちといった親子の絆を凝縮して何かできないかと考え、できたのが「毛利達男『名前の詩』の贈り物」なのです。
渡嘉敷 名前って大切ですよね。子どもの名付けには親だけでなく、その周囲も右往左往するくらいですから。実際にご購入された方の反響は、いかがですか?毛利 作品の性質上、プレゼント用のご注文が多いのですが、贈られた方が、ほかのどなたかの贈り物にとご注文くださるケースが多いですね。広告はほとんど行わず、インターネット販売をメインにしています。また、東京や大阪の百貨店の催事などに出展させていただいたこともあるんですよ。
渡嘉敷 口コミで輪が広がるのは嬉しいですね。一つひとつが手作りですから、大量生産はできないと思います。でも、だからこそ世界でたった一つの贈り物として支持されているのでしょうね。
毛利 ええ、作品にはご感想をいただく葉書を添えさせていただいており、私共の手元に戻ってきた葉書は、大切な宝物として保管しています。喜びの声を実感できることは大きなやり甲斐ですね。
渡嘉敷 今後は、どのようなご活動を?
毛利 やりたいことは数え切れないほどあるんですよ(笑)。特に建築に興味があるので、私共の作品と建築のコラボレーションをぜひやりたいと考えています。建築は素人ですが、プランニングなどで参加し、楽しい空間づくりができたら嬉しいですね。 |