倉田 はじめに『雑賀工務店』さんのこれまでの歴史をお聞かせください。
雑賀 創業は1908年と聞いています。以来、この地で大工として、地域に住まう皆様の住宅をつくり続けているのです。この周辺で在来工法の化粧造りで建てられた家は、その多くが当店で手掛けたものなんですよ。
倉田 それはすごい。在来工法の日本建築を専門に扱っておられるのですね。
雑賀 私が幼いころは、住込みで修業する職人が大勢いました。私も大学卒業後は、父に弟子入りをしたのですよ。しかし父が指導するべき職人の数は多く、私が十分な技術を得るには相当な時間を要しました。化粧造りの技術を教えてもらったのは、父が亡くなる寸前のこと。父も私も、日本の伝統技術を次代につなぐため、必死になって修業に取り組んだのです……。父亡き後は、私が四代目として代表に就任しました。
倉田 現在も住込みの職人さんはいらっしゃるのですか。
雑賀 今はいないのですが、我が家は兄弟が多いので大家族なんですよ(笑)。それだけに、家族が一緒に生活する場である住宅へのこだわりは強い。住む方が心地よく暮らせる家づくりを追求しています。
倉田 代表になられ、先代の時代と比べて変化を感じることはありますか。
雑賀 先代のころは新築の依頼が多かったのですが、今はリフォームや増改築が中心となっています。元々、在来工法でつくり上げた住宅は100年持つと言われていますから、しばらくはこの傾向が続くでしょうね。
倉田 100年も持つのですか!
雑賀 法隆寺などの日本建築は千年以上もその形を保っていますよね。これは在来工法によって極めて正確に建てられていることと、工法そのものが日本の風土に合っているからなのです。近年では生活スタイルの変化などで、欧風の住宅も多くなりましたが、日本文化の一つである在来工法の技術をもっと見直して欲しいと思います。
倉田 伝統的な日本家屋に住まう方も、最近は少なくなってきましたよね。
雑賀 日本家屋は高価なイメージがありますが、実は都心で生活することを考えるとずっと廉価なのですよ。日本家屋で生活される方が少なくなると、それを手掛ける職人も減ってしまう。事実、近年では建具職人の数も減少しつつあります。在来工法を後世へと伝えるため、職人の育成は急務です。匠の腕の見せ所が多くある在来工法の魅力を広めていきたいですね。
倉田 ずばり、在来工法の魅力とは何でしょうか。
雑賀 在来工法は、骨組みに釘などをあまり使用しません。ですから、家全体をしっかりと支える骨組みづくりは職人の腕の見せ所なんですよ。また、在来工法で建てた家は、柱などが全て室内から見えます。その部分の細工も、匠の技が必須。自分の技術が発揮できれば、仕事のやり甲斐にもつながります。
倉田 ぜひ若手を育てて、日本文化を守っていってほしいですね。では最後に、今後の抱負を。
雑賀 住みやすい工夫を施すことはもちろん、家族が仲良く暮らせる、温かな家をつくっていきたいですね。我々が手掛けた住宅は、メンテナンスさえ怠らなければ何代にもわたって住み続けられるもの。常にアフターフォローの体制を万全に備え、今後も技術を磨いていきます。 |