村野 まずは社長の歩みからお聞かせください。
大川原 学業修了後に就職したのがアパレル会社で、以来この業界に従事しています。その会社は社員が150名という規模だったのですが、数年勤めた後、3名で運営している同業他社に転職したんです。
村野 転職された理由とは?
大川原 ある時、経営者の方の話を聞く機会があり、そこで「サラリーマンならナンバー2になりなさい。それ以外なら経営者になるしかない」という内容のことを言われたんです。当時、自分が納得できる仕事ができていないと悩んでいたこともあり、その話を聞いたことで、もっと少人数の組織の方が自分の可能性を伸ばせると思い転職を決意しました。
村野 勤務時代はどのようなお仕事をされていたのですか。
大川原 取引先に伺い、打ち合わせを行いながら商品を企画します。さらに生地を探しだし、工場へオーダーするのです。そして、完成したものをお客様のもとへ納品するまでを手掛けていました。企画する際には、取引先の意向をもとに、雑誌などから最新の情報を収集したり、市場調査を行った上で提案していました。お陰様で売上も順調に伸ばすことができていたんですよ。
村野 そうして豊富な経験を積んだ後、独立を果たされたのですね。独立されたのはいつごろ?
大川原 15年ほど前になります。独立した当初は、取引先がほとんどない状態でしたから、新規開拓などで苦労もありましたね。軌道に乗るのに10年ほどかかりました。
村野 アパレル業界は流行の変化が激しいですから、大変なのでは?
大川原 そうですね。「今、売れるもの」ではなく「この先、売れるもの」をつくっていかなければなりませんから。毎年が真剣勝負です。
村野 同業者も多いと思いますが、どのような点で差別化を図っていらっしゃるのでしょう?
大川原 まず、当社は20代を対象にした商品をメインに扱っており、企画するのも若い人たちです。若い感性を活かし、市場から求められる商品作りを目指しています。また、当社は商品企画の際、営業スタッフが必ずお客様のもとにお伺いしているんですよ。お客様の声をしっかりと聞かなければ、企画はうまくいきません。営業スタッフがお客様と良好な人間関係を築くことが、よい企画の第一歩でもあると考えています。ですから、当社では営業を経験しなければ、一人前とは言えません。
村野 なるほど。スタッフの方には普段どのようなお話を?
大川原 「一人ひとりが経営者を目指してほしい」と話しています。私は、社内から多くの経営者を生み出すことを目標としているんです。現在の男性ファッションは、女性と同じように流行の移り変わりが激しくなり、また多様化してきました。それぞれのファッションによって、お客様の反応も違います。より多彩となったファッションを一つの企業が手掛けることは容易ではありません。そのため、服のテイストによってそれぞれ別会社を立ち上げ、各社がそれぞれのカラーに特化した企画を手掛ける体制を整えたいと考えているんです。その方が、フットワークも軽くなりますからね。また会社のイメージというものは固定化されやすく、新しいブランドを打ち出しても、そのイメージに縛られてしまうことがある。ブランドごとに独立していれば、その心配もありませんから。そうした理由から、広がりをもった事業を展開できればと思っているんです。当社で頑張ってくれているスタッフの中から、そうした会社を担っていける経営者を育てていきたいと考えています。
村野 後継者というだけでなく、新たな事業の担い手を生み出していらっしゃるのですね。すでにその候補者はいらっしゃるのですか。
大川原 ええ。スタッフは皆頑張ってくれており、安心して経営を任せられる人材も育っています。
村野 着実に成長しておられるのですね。今後も素晴らしい人材を育て、大きく飛躍してください。 |