羽田 細野社長は二代目でいらっしゃるそうですね。
細野 はい。1978年に、私の父が個人事業主「細野工事店」をスタートさせたのが始まりです。当時から現在まで、積水ユニットバス指定工事店としてユニットバスの施工を手掛けています。一人親方だった父は、私が26歳で家業に入るまで、ずっと一人で仕事にあたっていたんです。私はもともと、コンピュータのハードウェア開発と回路設計に携わり、全く畑違いの世界にいました。
羽田 いずれはお父様と同じ道をと考えておられたのですか?
細野 いえ、実はそうでもなくて(笑)。私は次男なもので家業を継ぐという意識がなかったんですね。ところが、バブル経済が崩壊したことで私が勤めていた会社では多くの仲間が理不尽なリストラの犠牲になり、不当な解雇を進める会社に愛着が薄れ……ちょうどその頃に父が身体を壊して入院したことから父の仕事を手伝おうと考え出したんです。父が抱えていた仕事に穴を開けてはメーカーに迷惑がかかります。私には兄がおりますが、兄はサラリーマンとして生きていきたいと考えていましたので、ならば私がと家業に入ったんです。後を継いだというよりも、「年老いた一人親方の息子が、仕事を引き継いでやっている」というような感じでしたがね(笑)。
羽田 全くの異業種からの転身ですし、最初は大変だったのではありませんか?
細野 中学生の頃から父が私を現場に連れて行ってくれることが多く、物づくりも好きだったことから、努力次第で父と同じようにできるかもしれないと思っていました。26歳で家業に入り、代表に就任したのは、まだ1年も経たない頃でした。
羽田 社長が後を継がれてから、新たに取り組まれたことなどありますか?
細野 規模の拡大を視野に入れていたわけではありませんが、仕事に当たるうちに徐々に経営者としての自覚が芽生えたのでしょうか、人員を増やそうと就任から1年後に求人を出したんです。そして、父の代から個人事業主として歩んできた当社は、2007年に法人化して「クランツ」として新たにスタートしました。
羽田 法人化を遂げられ、経営者としての意識も変わられたのでは?
細野 それほどでもありませんよ(笑)。でも、スタッフやその家族に対する責任は常に感じています。今後は、「クランツ」を維持・継続させるための組織づくりを考え、スタッフに経営面についても教えていければと思っています。
羽田 経営者が悩まれることの多い、人材育成についてはいかがですか。
細野 私はたたき上げの職人ではないので、いわゆる職人気質的な教え方はしていません。その人の資質を見極め、各人に合わせた指導方針を決めます。また怒るより先に、「まず自分でよく考えてみて」と話し、スタッフが自主的に動くのを見守ります。私の持論に、「社長は最高のホストであれ」というのがありまして。みんなが気持ちよく働ける職場環境をいかにして作るかが、私の腕の見せ所だと思っているんです。
羽田 では仕事の上で、一番大切なものは何だとお考えですか。
細野 信用です。当社の仕事は人の暮らしの中に入っていく仕事ですから、信用が第一なのは言うまでもありません。妥協のない仕事を提供しています。「こんなに綺麗になったんですね」という喜びの声が、何よりも嬉しいですね。
羽田 では御社の自慢と言いますと?
細野 様々な物件を手掛けてきた実績や、クレームの少なさ、万が一の不測の事態に対する対応の速さなどでしょうか。ユニットバスの施工については一日で行います。迅速かつ確実な作業を進めるために、スタッフ一人ひとりには高いスキルが要求されますが、お陰様で当社の仕事には高い評価をいただいています。仕事の依頼は途絶えることがなく、スケジュールの都合上、お断りすることもあるほど。今後はスタッフを増やし、より多くのお客様の声に応えていければと思っています。
羽田 では最後に今後についてお聞かせ下さい。
細野 2007年は法人化を果たしたので、2008年は会社としての基盤をより強固なものにする年だと考えています。「クランツ」が確実に前へ前へと進めるよう、経営者である私がまず頑張ります。 |