布川 まずはこれまでの経緯から。
谷田 1968年に父が当社を設立し、私自身、いずれは後を継ごうと考えていたんです。学業修了後はすぐに『宝輪』に入社しました。
布川 実際にお仕事をスタートされていかがでしたか。
谷田 当時は高度成長期ということもあって、仕事量が多く大変でしたね。大手自動車メーカーとの取引もあり、一日4千台近く出荷されるオートバイの運送などを担当していました。1台260kgほどあるバイクを、一度に2台ずつ手で引いていくんです。体力的にも厳しかったですが、まずは仕事を覚えていくしかないという気持ちで、日々現場で経験を積んでいきました。
布川 後継者として入社し、まずは現場からスタートされたのですね。
谷田 ええ。けれど、父は私が入社してすぐに引退してしまったため、経営も任されるようになりましてね。幸い、景気が良かったころだったので、仕事は確保できており、経営で頭を悩ますことはありませんでした。しかし、それもバブルの時代まで─。不景気に入り、地道に経営を続けていても、倒産に追い込まれる企業を目の当たりにするようになり、このままではいけないという危機感を持ち始めました。世の中が大きく変化している中、地方だからこそ、より広い視野を持って取り組まなければ、時代に取り残されてしまう……。どのような経営方針を採ればよいか、私は行き詰まってしまったんです。
布川 そうした状況をどのように乗り越えられたのですか。
谷田 長期間、リフレッシュする時間を持ちました。クルージングに出掛けたり、釣りをしたり……つまり、好きなことをして遊んでいたんです。
布川 それは意外な選択ですね。
谷田 もちろん、優秀な幹部が会社を守ってくれていたからできたことであり、無駄なことをしているように思われたかもしれません(笑)。けれど、そうした時間を持つことで、心のゆとりができ、何から対処しなければならないかを冷静に判断できるようになったのです。私にとって、とても貴重な期間となりました。
布川 運送業は、原油価格の高騰など、状況がますます厳しくなっていく中、どのような経営方針を採られたのですか。
谷田 複数の部門を設け、運送業だけでなく幅広い事業を手掛けることに取り組みました。現在は「商品部」、「コンプライアンス室・不動産管理室」を設け、各グループ会社とも連携して事業を運営しています。事業の充実を図ることで、主要業務である運送業の基盤を固めることもできました。
布川 まさに英断だったのですね。
谷田 5年先のために、今、何をするべきか──その判断を下すのが私の役割だと認識しています。
布川 そのためにも、常に心の余裕を確保しておくことが重要なのですね。
谷田 もちろん、それは社員にも言えることです。思い切り遊ぶことで、仕事に対する集中力や発想力が養われるのだと私は考えています。そのためにも、当社はマリンクラブやスポーツカークラブなど、社員が楽しめる福利厚生を整備しているんですよ。
布川 最後に今後の展望を。
谷田 日本企業の90%を中小企業が占めている現在社会において、中小企業の動向そのものが、日本経済の姿だと思います。常にその流れを感知できるよう、アンテナを張っておくことが重要。特に情報社会となり、都市・地方関係なく有益な情報を収集しやすくなりました。今後も将来のために何をすべきかを的確に判断して、さらに中小企業ならではのフットワークも活かして事業に取り組んでいく構えです。 |