倉田 御社ではメキシコの民芸品やお酒を販売しておられるそうですが、事業を始められたきっかけを教えてください。
朝倉 父親が宝石商を営んでいた関係で、1976年、大学2年の時に1年間の予定でメキシコへ渡りました。当時はメキシコがどんな国かも知らずに行ったのですが、現地でしばらく過ごすうち、すっかりメキシコの魅力にとりつかれてしまって(笑)。
倉田 あちらではどのような暮らしを?
朝倉 グァダラハラへ移住された石川さんという方にお世話になり、その方の事業を手伝わせていただきました。当時、石川さんは日本食レストランの立ち上げに関わっておられたのですが、メキシコ人との交流の中で、私は観光では味わえない貴重な体験をさせていただき、よりメキシコへの思いを強くしたものです。帰国後は父が急逝したこともあり、宝石商をしばらく手掛けていたのですが、ある時、メキシコの石川さんが「旅行代理店を始めるから手伝ってくれないか」と声を掛けてくださり、引き受けることにしました。以降は日本とメキシコを行ったり来たりの生活。あちらで代理店を手掛け、日本ではそのプロモーション活動を行っていました。その後、自然な流れでメキシコの民芸品やお酒の輸入販売を手掛けるようになったのです。
倉田 最初にテキーラの輸入を始めたのはいつ頃ですか。

▲現地酒造メーカーの方々と団らん |
朝倉 1979年でした。当時、メキシコの酒は珍しかったので売れると確信していたのですが、意外に苦戦しましてね。私は、メキシコ文化を紹介するなど地道な営業活動を続けましたが、なかなか実を結びませんでした。しかし2年ほど経った頃、大手百貨店で扱っていただけるようになり、それからは一気に販売数が伸びたのです。
倉田 とすると、テキーラを初めて日本に紹介したのは、朝倉社長ということになりますね! 今の会社を立ち上げられたのはいつ頃ですか?
朝倉 1992年でした。今では大手の経営するテーマパークにも民芸品を卸させていただいておりまして、多くの方が私どもの商品をテーマパーク内で目にしてくださっていると思います。
倉田 メキシコ商材の第一人者ですね。
朝倉 今やテキーラも日本にすっかり定着し、他社でも扱われるようになりました。そこでこれからは独自の商品を扱い、差別化していく必要があります。実は、これまでにない「プレミアムテキーラ」を探し当てましたので、今後はこれを主軸に据えようと考えているんですよ。
倉田 どのようなテキーラなのですか。
朝倉 「テキーラ プエブリート」という酒で、原料はブルーアガベ100%。しかも苗の段階から品質管理し、厳選された原料だけを使用しているのです。また、テキーラの発酵は2〜4日が一般的ですが、「プエブリート」は8日間かけており、その間、タンクの上部からなんと「バロック音楽」を聴かせているんですよ!
倉田 テキーラに? 何か変わるのでしょうか。
朝倉 「プエブリート」はまろやかさが最大の特徴なのですが、これは「バロック音楽」の効果なのだとか。それ以外にも様々な特長があり(下コラム参照)、まさにテキーラの王様と呼んでよいほどの上等酒です。今回、現地酒造メーカーの善意でこのテキーラを安く仕入れることができましたので、ひとりでも多くの方に召し上がっていただきたいですね。近い将来、「テキーラ プエブリート」のブームが起こると確信しています!
倉田 では最後に、今後の抱負を。
朝倉 作り手の真心が伝わる、素晴らしきメキシコの商材を、次世代の日本にも伝えられるよう、力を尽くしていく所存です。頑張りますよ!
倉田 応援しています! |