株式会社 テックダイナ
代表取締役 竹内 弥能(浜松市細江地域協議会委員)

足跡:静岡県浜松市出身。建設基礎工事業を営む家庭に育つが、自身は高校卒業後、自動車の整備士を志して工業高校の機械系の学科に進学する。その後、転職を経て父の下で仕事を始める。修業を重ねた後、二代目に就任した。

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●一流──それは周囲に感動と元気を与えられる人
モットーは「自分良し、相手良し、皆良し」と語る竹内社長。自分をとりまく全て人が良くなるような働きをしたいというのが、自らの原動力そのものとも言える。そんな社長が目指す自らのビジョンは、「一流の人」。社長が考える「一流」とは、「周囲に感動と元気を与えられる人」だという。たとえ有名でなくてもいい、立派な人だと社会に認められなくてもいい、ただ「一流の人」になりたい──。そう願う社長の歩みは、そのまま周囲に貢献する歩みそのものとなっている。

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総合建設業を柱に据えつつも、新たな事業への進出を図る覇気の高い「テックダイナ」。地方の建設業が淘汰の時代を迎えたと認識する竹内社長は、これからはリスク分担型の戦略で生き残りを賭ける方針だ。地域活動にも積極的な竹内社長は、仕事の意義を「貢献」に見出し、「自分良し、相手良し、皆良し」をモットーに日々邁進している。

三ツ木 竹内社長のこれまでの歩みをお聞かせください。

竹内 少年時代は「悪ガキ」で(笑)、随分と周囲を困らせたものです。しかし中学生からは陸上部に入り、部活動に打ち込むようになりました。将来のことについて真剣に考え始めたのもこの頃でした。

三ツ木 何か志すものがおありで?

竹内 自動車が好きでしたので将来は整備士になろうと考え、浜松工業高校の機械科に進みました。父が建築の仕事をしていましたが、兄がすでに建築分野に進んでいたため、私は別の道を選んだのです。

三ツ木 それがどうして、このように建築の道に戻ってこられることに?

竹内 どうしてでしょう(笑)。高校卒業後は専門学校に進み、一層専門的に自動車整備の勉強をしたのにもかかわらず、なぜか建設機械を扱う会社に就職したのです。その後結婚を機に退職し、父の会社を手伝うように。23歳の時でした。

三ツ木 その頃、お父様はどういったお仕事を手がけておられたのですか。

竹内 個人事業の形で、建築物の基礎や土木を請け負っていました。私自身は右も左も分からない状態で、10年の間は実務と夜学に通って勉強し、資格の取得に努めました。経営を任され会社にしたのは平成2年のこと。ちょうどバブル経済が破綻した頃で、後継から何年か経つと、次第に顧客の減少などにその影響を受けるようになっていきました。

三ツ木 建築業界はどこも苦戦を強いられていますね。その中で、竹内社長が取り組んできたこととは何でしょう。

竹内 先代の頃の基礎と土木の事業に加え、建築・設計や上下水道に業域を広げていきました。生き残るためには、お客様にとって「便利」な存在になること──他との差別化を図る必要があります。そのことを念頭に、自分たちにできるだけのことをしようと、よろずやのような存在、つまり建設業を基盤にさらに、他業種にも対応することを目標としてきました。そこで「テックダイナ」に社名を変更したんですよ。

三ツ木 「テックダイナ」の由来とは?

竹内 「テックダイナ」は「テクニカルダイナミクス」の略なんです。技術を駆使して大きくなるように、という願いを込めて、成功されているある方につけていただきました。実は私の名前も、戸籍にある本名とは違うんですよ。運気が上がるようにと、同じ方に命名してもらいました。私自身については、運気は好転しました。会社もきっと、運気が上がると信じています。

三ツ木 非常に前向きでいらっしゃるのですね。

竹内 6年前に、大きな転機がありましてね。その頃私は、静岡県商工会青年部連合会の会長を2年間務めさせていただいていました。関東地区では副会長を、全国では理事として活動し、様々な地方、業種、年齢の人と交流を持ちました。その経験は、私の視野を広げてくれました。地元の中だけに生きていると、どうしても視野が狭くなります。違う土地、違う職業で生きている人たちとの交流は、新しい視点を持つのに、大きな刺激になりましたね。そして、自分が40歳、50歳になった時にどうなりたいかというビジョンを持つようになり、何事にも前向きに歩いていきたいと思うようになったのです。

三ツ木 具体的にはどういったビジョンですか?

竹内 現在の建設業界だけでなく、幅広い活動で社会に貢献していきたいということです。「仕事」というのは、言い換えると「貢献する」ことじゃないかと思うからです。それはもちろん仕事だけに限りません。プライベートの人間関係においても常に心がけているのは、「自分良し、相手良し、皆良し」の精神。自分だけが良くてもいけない。相手と2人だけでもいけない。社会からの評価も加わって、世間からも良く思われるのが本当の良い行いであるという意味です。周囲全てが幸せになるよう、できる限りのことをしたいですね。有名でなくても一流の人間になる──それが私の目標です。

三ツ木 ぜひ頑張ってください!



自らの人生に誇りを持って

 「仕事とは、貢献することだと思います」──そんな言葉で、自らの信念を語る竹内社長。静岡県商工会青年部連合会の会長を2年間務め、様々な人と出会う中で視野を広げたという社長は、自身を見つめ直して仕事への意義を見いだした。それが、仕事や自身の価値は、「貢献する」ことで生まれるというものだ。現在社長は、自らの動きが何らかの形で、周囲の人を幸せにし、また周囲の人に感動と元気を与えるものでありたいと願っている。そんな社長の行動指針となるのは、「自分良し、相手良し、皆良し」の精神。自分だけ、また相手と2人だけが良くてもいけない。社会からの評価も加わって、世間からも良く思われるのが本当の良い行いである──自らの経験から得たその言葉に従って行動することが、会社の発展にも繋がっていくのだと社長は日々実感している。そこには、「仕事とは、貢献すること」という確かな基盤があるからだ。

対談を終えて

「自分は特別な人間じゃない、だけどできる限りのことをして“一流”の人間になっていきたい──そうおっしゃった竹内社長の真摯な眼差しが、とても印象に残りました。少年時代は色々と無茶をされたそうですが、そういった経験も全て、今に生きているのでしょうね」(三ツ木清隆氏・談)


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