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渡辺 守田先生の、幼少の頃の夢は何ですか?
守田 俳優を目指していました。小学校の卒業文集にもそう書いたのですが、なんと「S・マックイーンのような映画廃優になりたい」と書いていまして…。“俳優”を“廃優”と間違っていた時点で、夢破れていたと言えますね(笑)。実家が洋服店を営んでいたことから美容学校に進学し、卒業後、大阪に行きました。アパレル業界で修業を積み、舶来ものを取り入れながら家業を大きくしようと考えていたのですが、次第に業界全体の景気が落ち込み始めたことから、違う道を考えるようになりました。特に、手に職をつけたいという思いが強くなってきたのです。
渡辺 現在の土地家屋調査士になるまでには、大きな方向転換を経験されていたのですね。では、それから転職活動を?
守田 はい。しかし、当時23歳だった私にとって、転職活動は非常に厳しいものでした。学歴も職歴もない、ただの若いだけの人間は、企業にとって使いようのない存在だということを、転職活動で痛感しましたね。経験者が優遇されるばかりでなかなか仕事が決まらないある日、偶然目に入った「栄和測量」の求人が、今の私のルーツになります。そちらでの面接では、資格や経験よりもやる気だけを問われましてね。測量の仕事に必要なことは全て、ゼロから教えてもらえることになったのです。そして実践を通して勉強を重ね、測量士と土地家屋調査士の資格を取得。現在は土地家屋調査士として独立した事務所を構えていますが、測量士としてはまだ、「栄和測量」とともに歩んでいます。
渡辺 専門職の中でも土地家屋調査士というお仕事は、「縁の下の力持ち」という性格が強く、多くの人にとって日常生活では殆ど縁がないですよね。具体的に、どういった業務を行っておられるので?
守田 確かに地味な仕事には間違いないですね(笑)。簡単に説明しますと、土地の境界線などを明確にし、土地の面積やその地目などをはっきりとさせるのが業務になります。最近では、若い頃に地元を離れた若者が、両親の逝去により相続が発生した土地の調査を依頼することなどが多いですよ。境界線などの認識が曖昧で分からず、相続問題が残ってしまうのです。塀があるなど、わかりやすい物件は問題ないのですが、故郷を離れている間に造成があったり、昔から境界線が曖昧なままの場所だと、綿密に調査する必要があります。そうなると私共の出番。資料などを基に精査し、境界線があるべき地点を提示するのです。あるべき場所に境界線を入れる──杭を入れてしまえば、安全な土地として取引もできますし、隣接する土地の所有者との紛争も、未然に防ぐことができます。
渡辺 お仕事の上で配慮されていることは?
守田 関係者の方々に納得してもらえるまでお話を続けることと、依頼者の気持ちを大切にすることです。先祖から受け継いだ土地を、ご先祖様と同じくらい大切に感じている人にとって、土地のトラブルで受けるショックはかなり強いですから、どういった場合にも、そこに関わる人の気持ちを大切にした対応を心掛けています。また、「お金に負けない」、つまり公正で誠実であるという点も、大切です。同業者間の競争が激しくなると、安売合戦に走り、仕事の手を抜くという選択肢も見えてきてしまうのです。しかし、それは絶対にしてはなりません。だから私共では「料金」ではなく、「質」を評価されてお客様に選ばれる、妥協しない業務を追求しています。現在は、およそ100年ぶりに不動産登記法が改正され、また司法制度改革の余波で、仕事の環境が変わりつつあります。今後は、常にお客様を第一に考えるという精神は忘れずに、どのような状況になっても対応できる態勢の確立を目指し、努力するつもりです。

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